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東京地方裁判所 平成6年(ワ)17755号 判決

原告

破産者株式会社メディカルプラント

破産管財人

北村忠彦

右訴訟代理人弁護士

森徹

米山健也

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

丸島俊介

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二三〇七万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、破産管財人が、破産者が弁護士に依頼した任意整理及び自己破産の申立てについて支払った報酬(着手金を含む広義のもの)等のうち、適正金額を上回るとする部分の支払行為を否認し、その返還を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  (当事者)

(一) 破産者株式会社メディカルプラント(以下「破産会社」という。)は、医療器械の販売等を業とする株式会社であったが、平成四年一〇月七日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日、原告が破産会社の破産管財人に就任した。

(二) 被告は、東京弁護士会に所属する弁護士であり、右破産宣告に先立つ同年九月上旬ころ、破産会社から任意整理事件(以下「本件任意整理事件」という。)を受任した。

2  (任意整理の不調及び自己破産の申立て)

本件任意整理事件は不調に終わり、被告は、平成四年九月二五日、破産会社の代理人として、自己破産の申立て(以下「本件自己破産事件」という。)をした。

3  (本件着手金等の支払行為)

被告は、平成四年九月九日、破産会社から、本件任意整理事件についての着手金の名目で三二〇〇万円、日当及び費用として五三七万五〇〇〇円の合計三七三七万五〇〇〇円(以下、併せて「本件着手金等」という。)を受領した。右三七三七万五〇〇〇円のうち七三七万五〇〇〇円については、破産会社において源泉徴収済みである。被告は、本件任意整理事件及び本件自己破産事件に関して、右着手金等のほかに、着手金又は報酬金(着手金を除く狭義のもの)を受領していない。

三  原告の主張

本件任意整理事件及び本件自己破産事件における適正な着手金及び報酬金の金額は、次のとおり合計一四三〇万円であり、破産会社が、被告に対し、右適正金額を超えて本件着手金等を支払った行為は、次のとおり、破産法七二条一号、五号に該当する。そこで、原告は、本件訴状をもって、右適正金額を超える二三〇七万五〇〇〇円についての支払行為を否認する旨の意思表示をし、右訴状は、平成六年九月二一日、被告に到達した。

1(一)  任意整理事件の報酬等について規定した、東京弁護士会の弁護士報酬会規(以下「本件報酬会規」という。)二八条の二第一項一号を基礎として、破産会社の負債額、総債権者数、任意整理事案として事件終結まで比較的長期間を要する見込みであり、事務量も膨大なものになると予想されたことその他諸般の事情をしん酌すると、本件の適正着手金額は一〇〇〇万円である。

(二)  被告が回収して原告に引き渡した売掛金等の現金は、三億四八二九万九六八一円であるから、これを破産会社の受けた経済的利益とし、これに、自己破産事件等について規定した本件報酬会規二八条二項の準用する一八条を適用すると、標準報酬金額は一二二九万三九九〇円、増減許容範囲は八六〇万五七九三円から一五九八万二一八七円となる。これを一応の目安とした上で、右(一)の諸事情のほか、債権者らから債務免除を受けていないこと、延払いや企業継続による利益が認められないこと、着手金については、右(一)のとおり任意整理事案として事件終結まで比較的長期間を要するものと見込まれることから比較的高額が相当とされるのに対して、結局のところ本件任意整理事件が不調に終わり、受任から破産申立てによる任務終了までの期間が一か月弱であったこと等をしん酌すると、報酬金については、右増減許容範囲からさらに減額すべき特別の事情(本件報酬会規四条一項参照)がある。また、再建を目的とした本件任意整理事件は比較的短期間で不調に終わっており、被告が現実に行った職務は売掛金等の回収を中心とした将来の一般財団の形成であって、破産管財人の職務と同質性を有するところ、本件についての破産管財人の報酬金額の最低額となる破産予納金は四〇〇万円である。しかも、破産管財人の職務が一か月では終了しないことが見込まれる一方で、被告の破産申立てから、破産宣告により被告の職務が終了するまでの期間は、一か月弱にすぎない。これらの事情を勘案すると、適正報酬金額は、右増減許容範囲の下限額の約半額である四三〇万円である。

2  本件着手金等は、被告から提供を受けた役務と対価性を有しない過大なものであって、適正金額を超える部分の支払いは無償行為と同視すべき有償行為であり、破産財団を減少させ、破産債権者を害する。

3  破産会社は、本件着手金等の支払いが破産債権者を害することを知っていた。

4  被告は、右支払当時、本件着手金等の算定根拠が合理性を欠き、その支払いにより破産財団が減少することを知っていた。

四  被告の主張

1  被告が本件任意整理事件を受任した当時、回収の可能な破産会社の配当源資は、約一五億円と見込まれており、破産会社及び被告は、右金額を基礎として、訴訟事件等の報酬金について規定した本件報酬会規一八条一項を類推適用して標準着手金額を算出し、倒産処理の一環であることにかんがみて三〇パーセント程度減額し、実費見込額を加算した上で源泉税を控除して本件着手金等の金額を定めたのであるから、本件着手金等は、本件任意整理事件の着手金及び費用として格別不当ではない。

2  被告は、五億〇〇六〇万一三九二円の売掛金、現金、ゴルフ会員権等を回収しており、右金額を基準として、本件報酬会規二八条二項、一八条を適用しても、標準報酬金額は約一六八四万円であり、増減許容範囲は約一一七九万円から約二一八九万円となること、本件報酬会規二八条の二第三項を適用すると約二七四五万円となること、増減許容範囲を超える減額は、貧困等経済的利益の額を基準にすると甚だ不合理を生じるような特別の場合をいうのであって、被告が、三か月以上にわたって法律事務所を挙げて本件任意整理事件に専従し、破産宣告後も、引き続き原告に協力して事実上回収業務に従事したこと、倒産処理業務の困難性等の諸般の事情にかんがみれば、本件着手金等の支払行為は不当ではない。

五  争点

1  本件着手金等は、専ら本件任意整理事件の着手金及び費用として支払われたものか、あるいは、本件任意整理事件及び本件自己破産事件についての着手金及び報酬金並びに費用として支払われたものか。

2  本件着手金等のうち二三〇七万五〇〇〇円の支払行為が、破産債権者を害するものか。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

本件着手金等は、破産会社が、被告に本件任意整理事件を委任した際に、その着手金及び費用の名目で支払ったものである。しかし、破産会社が被告に対して、本件着手金等以外に本件任意整理事件及び本件自己破産事件の職務執行の対価を支払っていないことは、当事者間に争いがなく、本件着手金等は、本件任意整理事件及び本件自己破産事件についての着手金及び報酬金並びに費用として支払われたものとみるのが相当である。

二  争点2について

1 弁護士による債務者の責任財産の保全活動としての任意整理や自己破産の申立てに対する着手金ないし報酬金の支払行為であっても、その金額が役務の提供と合理的均衡を失する場合には、その合理的均衡を失する部分の支払行為は、破産債権者の利益を害する行為として否認の対象となり得る。そこで、本件着手金等が、弁護士会の報酬会規、当該事件の難易、弁護士が当該事件に費やした労力及び時間、その成果等の諸般の事情に照らして、本件任意整理事件及び本件自己破産事件についての着手金及び報酬金並びに費用として合理的均衡を失するものであるかどうかを判断する。

2  甲一(第一回債権者集会における原告の報告書)、乙三八(原告の収支報告書)、永田雅雄証言、被告本人尋問の結果その他後記に逐次摘示する関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

被告は、平成元年九月から破産会社の顧問を務め、平成三年から平成四年にかけて業務提携の相談を受けていた。しかし、平成四年八月二七日に業務提携計画が頓挫してからは、資金繰りに関する相談を受けるようになり、同年九月七日に会社再建を目的とした本件任意整理事件を受任し、同月九日、破産会社と金額を相談した上で、本件着手金等を受領した。そこで、被告は、被告の法律事務所の事務局六名のほか、弁護士二名及び公認会計士一名と共に本件任意整理事件に専従し、再建計画を立てた(乙二三)。そして、破産会社の取引相手である病院と医療器械メーカーとが、流通業者である破産会社を通さずに直取引をすることや、破産会社名義の銀行口座に振り込まれた売掛金等が銀行に相殺されて減少することを防止し、破産会社の債権を保全するため、その債権を譲り受け、第一回目の手形不渡りが出る同月一〇日に間に合うように、官公立病院等の債務者に対し、約六〇〇通の債権譲渡通知(乙一)及び売掛金の送金依頼書(乙二)を送付し、支払期限等の交渉をして支払いを受けた(乙九の一ないし三)。また、被告は、金融機関や破産会社の有力取引先であるメーカー数社に赴いて支援を要請し、更に、破産会社の債権者らから約八〇〇通の債権届出書を提出させ(乙四の一、二、乙五)、同月一七日、債権者集会を開催して(乙三)、事情説明を行った(乙六)。

しかし、同集会において債権者らの同意が得られず、本件任意整理事件が不調に終わったため、破産会社は、自己破産の申立てを行うことを決めた。そこで、被告は、破産申立てに先立って、債権者一覧表(乙七)及び債務者一覧表(乙八)を完成させ、全国六か所の本支店及び営業所を閉鎖して賃貸人に明け渡し、敷金返還の交渉、帳簿類の回収等をし、従業員約七〇名の解雇並びに解雇手当及び同年九月分賃料の支払いを行った(乙二六の一ないし三、乙三〇)。そして、被告は、破産会社の代理人として同月二五日に破産申立てをし、同年一〇月七日に破産決定を得た。

被告は、破産宣告後も、債権者らの問い合わせに応じて売掛金等を原告に支払うべきことを説明し、あるいは、破産会社の元社員らが原告に協力するよう説得したほか、第一回債権者集会前に原告が入院した際には、破産債権の認否等の破産手続の遂行に関して常置代理人に助力した。また、被告の事務所の事務局の者も、原告の事務所において、届出債権を従前被告に届け出られていたものと突き合わせたり、破産債権者らに送付する書類に宛名を貼るなどして、原告に協力した。

被告は、同年一〇月九日以降平成五年七月三日までに、合計三億四八二九万九六八一円を下らない現金等を原告に引き渡し、あるいは原告名義の預金口座に振り替えた(甲二、三、乙三一の一ないし八。なお、甲三(通帳)によれば、被告が原告名義の口座に合計三億五四九九万六一七九円を振り込んだことが認められる。)。このような被告の活動及び原告の職務執行の結果、平成七年九月三〇日までの原告の累積収入は、一一億五七六九万一九六〇円となり、破産債権者らに対して三〇パーセントを超える配当がなされた。

3(一)  本件報酬会規(甲六)は、事業者の任意整理事件の着手金について、五〇万円を下限額として、資本金、資産及び負債額並びに関係人等事件の規模に応じて定めるものと規定する(二八条の二第一項一号)。これを本件についてみると、平成四年七月三一日付けの貸借対照表(乙三九)によれば、当時の破産会社の資産総額は約二六億三七〇〇万円、負債総額は約三五億〇四〇九万円であったこと、右2のとおり、破産会社の債務者は約六〇〇名、債権者は約八〇〇名であって、事務量も膨大なものであることが認められる。これらの事情をしん酌すると、本件任意整理事件の着手金額としては、一〇〇〇万円が相当である。

(二)  前記2のとおり、被告は、本件任意整理事件に引き続いて自己破産の申立てをしており、破産会社が被告に対して本件自己破産事件を委任したことが認められるところ、任意整理事件と自己破産事件は別個の事件であるから、被告に支払われた本件着手金等には、本件自己破産事件の着手金分も含まれるものと解するのが相当である。ところで、本件報酬会規は、事業者の自己破産事件の着手金について、最低額を五〇万円と規定するが(二八条一項一号)、本件自己破産事件における被告の主たる職務内容は、破産申立手続の履践を除けば、配当源資の確保並びに債権者及び債務者の把握であって、これらは本件任意整理事件と共通するものであることから、本件自己破産事件の着手金としては、五〇万円が相当である。

(三)  被告の配当源資確保のための活動は、本件自己破産事件に移行する以前から継続してなされているが、本件任意整理事件において、当初の目的である破産会社の再建は成功せず、破産手続に移行していることから、右配当源資額三億四八二九万九六八一円について、破産申立事件等の報酬金に関する本件報酬会規二八条二項、一八条一項、二項を適用すると、標準報酬金額は一二二九万三九九〇円、増減許容範囲は八六〇万五七九三円から一五九八万二一八七円となる。

ところで、前記2のとおり、被告は、本件任意整理事件の一環として、破産会社から債権を譲り受けるなどの迅速な対応をとって、破産会社の財産の保全に向けて精力的に活動し、後に原告が一一億五七六九万一九六〇円の破産財団を確保して三〇パーセントを超える配当をする素地を築いたのであって、債権者らの同意が得られず、任意整理事件が不調に終わった後も、自己破産の申立ての準備をするとともに、配当源資を確保するための活動を続行し、その結果、破産会社の従業員に解雇手当及び賃金を支払った上で、原告に対して三億四八二九万九六八一円を下らない現金等を引き継いだこと、乙三四によれば、被告の法律事務所における平成二年から平成四年までの一か月間の平均収入は九四九万五〇〇〇円であると認められること、被告が少なくとも受任から破産宣告までの一か月程度の間配当源資の確保等に専従していたこと、被告が破産宣告後も原告の職務執行に協力したこと、破産会社の主たる債務者である官公立病院は、倒産会社への対応に不慣れで、手続上柔軟な処理にも馴染まず、債権回収が容易ではなかったことが認められる。そうすると、依頼者の資力が乏しいことを考慮しても、被告の配当源資確保に対する報酬金としては、一六〇〇万円が相当である。

(四)  本件報酬会規は、受任した事件を処理するために必要な費用については、着手金及び報酬金とは別に、依頼者に対して負担を求めるものと規定するところ(三七条)、乙三二によれば、被告が、本件任意整理事件ないし本件自己破産事件のために、他の弁護士及び公認会計士の報酬金、通信費等として要した費用は、八四四万八四一八円であったことが認められる。

(五)  右(一)及び(二)の相当着手金並びに相当報酬金の合算額は二六五〇万円であり、これに右(四)の費用を加算すると、三四九四万八四一八円となる。

4 このように、本件着手金等三七三七万五〇〇〇円のうち二四二万六五八二円、すなわち本件着手金等の約六パーセントは、右3(五)の相当額を上廻るものということができるが、この程度の差額にとどまるときは、役務の提供と合理的均衡を失するものとまでは認められず、したがって、本件着手金等のうち二三〇七万五〇〇〇円の支払行為が破産債権者を害するとはいえない。

なお、原告は、相当額を超える部分の支払行為は無償行為と同視すべきであるとして、七二条五号により否認することができると主張する。しかしながら、右の規定は、財産を無償で処分することは、通常の経済的取引においてきわめて特殊なものであるにもかかわらず、それをあえて危殆時期に行うときは、それだけで十分有害であり、また、受益者も無償で利益を得ている以上、主観的な認識を問わず否認を認めても不当ではないとの趣旨に基づくものであるから、同号にいう「無償行為及之ト同旨スヘキ有償行為」とは、破産者が対価を得ないでその積極財産を減少させあるいは消極財産を増加させる行為及び破産者が対価を出捐したが名目的な金額に過ぎず経済的には対価としての意味を有しない行為を指すものと解するのが相当であって、対価性を有する行為のうちの相当額を超える部分だけを取り上げて同号によって否認することはできないというべきである。

三  以上より、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官小西義博 裁判官納谷麻里子)

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